判例紹介・偽装心中事件 | 弁護士法人リコネス法律事務所

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判例紹介・偽装心中事件

 今回は、偽装心中に関する最高裁の判例(最判昭和33年11月21日刑集12巻15号3519頁)を紹介させていただきます。

1 事案の概要

 被告人が、心中を申し出た被害者Vに対して、追死する意思がないのに、これがあるかのように装って、Vに対して青化ソーダを渡して、同人に嚥下させ死亡させました。

2 成立が考えられる罪

 被告人は、自殺する意思があったVに対して、青化ソーダを渡しています。したがって、Vを被害者とする自殺ほう助罪の成立が考えられます(刑法202条)。

 これに対して、被告人は追死する意思がなかったにもかかわらず、Vはそのような意思があると誤信していました。このような錯誤に基づいた自殺意思は、無効であり、殺人罪が成立すると考えられます(刑法199条)。

3 判例の判断

 Vは、「被告人の欺罔の結果被告人の追死を予期して死を決意したものであり、その決意は真意に添わない重大な瑕疵ある意思であることが明らかである」ことから、刑法202条の自殺ほう助は成立しないと判断しました。

 そのうえで、「このように被告人に追死の意思がないに拘らず被害者を欺罔し被告人の追死を誤信させて自殺させた被告人の所為は通常の殺人罪に該当する」という判断をしました。

4 判例の考え方の分析

・自殺ほう助罪が殺人罪よりも軽く処罰される理由

 殺人罪の法定刑は、「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」です。一方で、同意殺人罪や自殺関与罪(自殺ほう助罪・自殺教唆罪)の法定刑は、「6月以上7年以下の懲役又は禁錮」と殺人罪に比べて軽くなっています。

 このように、自殺関与罪は同じ人の生命を奪う罪である殺人罪よりも軽い処罰が課される理由は学説上さまざまな考え方が主張されています。

 例えば、次のような考え方があります。

 自殺関与罪は被害者の生命を保護するための規定です。そして、生命はすべての個人法益の源泉であり、生命が失われてしまうと将来のすべての法益が失われてしまうことになります。また、一度生命が失われると二度と戻ることはありません。

 このような生命の価値の高さと不可逆性から、国家がパターナリズムにより本人の生命の処分権を制限することは許されると考えられます。

 このような考え方に従うと、本人の生命の処分に対する同意が有効な場合であっても、自殺関与罪を犯した者が処罰されることが正当化されます。

・同意が無効になる場合はどのような場合か

 以上のような考え方に従うと、自殺関与罪が成立するためには、自殺をすることについての同意が有効である必要があります。

 それでは、同意が有効といえる場合はどのような場合でしょうか。

 まずは、今回紹介している判例の考え方に対する反対説を紹介します。法益関係的錯誤説と呼ばれています。

 法益関係的錯誤説の立場は次のような考え方です。

 法益処分について錯誤が生じているような場合には、同意は無効になります。この考え方に従うと、法益に関係しない錯誤である場合には、同意は有効になります。

 今回の事案において、Vは自ら心中を申し出ていることから、生命を処分することについては、錯誤が生じているとは言えません。したがって、有効な同意があるものといえ、被告人には自殺ほう助罪が成立するにとどまることになります。

・同意の有効性に対する判例の考え方

 これに対して、今回紹介している判例は、同意が重大な瑕疵に基づいてなされた場合には、同意が無効となるという考え方を示しています。

 この考え方に従うと、錯誤が無かったら同意をしなかったであろうという関係が認められる場合には、同意が無効になります。

 今回紹介している判例の事案では、Vにとって、被告人が追死してくれない場合には、自殺をしたいと考えたといえることから、同意が重大な瑕疵に基づくものといえます。したがって、有効な同意はなかったことになります。

・殺人罪が成立するために必要な検討事項

 今回紹介している事案では、被告人はVに毒を渡すという行為しか行っていません。そこで、被告人は被害者を利用して殺人の結果を得ていることから、殺人罪が成立するためには、間接正犯が成立する必要があることになります。

 一般に被害者を利用した場合の間接正犯の成立は、第三者に対する間接正犯の場合と比較して、ハードルが低いと言われています。

 第三者を利用するときには、第三者は刑法上の犯罪を犯すことについて規範的障害があります。また、第三者を利用した場合には、間接正犯が否定されたとしても共同正犯の成立が考えられます。

 しかし、被害者を利用する場合には、間接正犯が否定された場合には、被害者が自己の法益を処分する場合には犯罪が成立しないことから被告人との間に共同正犯が成立せず、被告人が無罪となってしまいます。また、第三者利用の場合と比較すると、自損行為であり、規範的障害がないことから精神的なハードルが低いことになります。

 以上のような考え方の詳細については、被害者を利用した殺人罪の成否について判断を示した判例(最判平成16年1月20日刑集58巻1号1頁)もご参照ください。

 今回の事案においては、騙して飲ませているから、被害者を利用した間接正犯になります。

5 まとめ

 今回は、偽証心中に関する判例を紹介させていただきました。

 刑事事件でお困りの方がいらっしゃいましたら、お気軽に弁護士までお問い合わせください。

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