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「警察官の公務を妨害した場合に、業務妨害罪は成立するのか?」という疑問は、刑法の解釈においてしばしば議論される論点です。本記事では、東京高裁平成21年3月12日判決(高刑集62巻1号21頁)を題材に、業務妨害罪と公務の関係について、具体的な事例とともに整理していきます。
被告人は、自宅のパソコンから匿名のインターネット掲示板に「1週間以内に無差別殺人を実行する」という虚偽の投稿を行いました。この書き込みを見た第三者が警察に通報し、警察官は即座に警戒対応を開始。これにより、警察は本来予定していた業務に従事できなくなりました。
このような行為が、果たして業務妨害罪として処罰されうるのかが問題となります。
本件では、「公務員である警察官に対して業務妨害罪が成立するのか、それとも公務執行妨害罪に限定されるのか」という点が争われました。警察は自力救済が可能な存在であり、暴行・脅迫による妨害のみが処罰されるのが通常とされるため、疑問が生じたのです。
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業務妨害罪(刑法233条~234条の2)は、以下のような類型に分かれます:
・威力業務妨害罪(刑法233条後段)
・偽計業務妨害罪(刑法234条)
・電子計算機損壊等業務妨害罪(刑法234条の2)
本件は、威力または偽計に該当する可能性が問題となります。
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・業務妨害罪は、私的経済活動の自由=「個人法益」を保護対象とします。
・公務執行妨害罪(刑法95条)は、国家の秩序=「国家法益」の保護を目的とします。
判例によれば、ここでいう「業務」とは、「職業その他社会生活上の地位に基づいて反復継続される事務または事業」(大判大正10年10月24日)を指します。
・虚偽の風説の流布:一部でも事実に反する情報が、不特定多数に伝播されること。
・偽計:人を欺いたり、錯誤を利用した行為。
・威力:人の自由意思を制圧するに足る勢力(最判昭和28年1月30日)
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なお、公務執行妨害罪では、「暴行または脅迫」という手段に限定されるのが特徴です。
すべての公務も「業務」に含まれるとして、業務妨害罪の適用を肯定する立場です。
→ ただし、公務執行妨害罪の意義を無意味にするという批判があります。
国家による公的行為には、公務執行妨害罪のみが適用されるべきとする立場です。
→ しかし、例えば国鉄と私鉄で適用の可否が分かれるのは不合理との反論があります。
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一部の公務には業務妨害罪が適用されるとする妥協的立場であり、最高裁もこの考えに近い立場とされます。
昭和62年3月12日最高裁決定は、「権力的公務でない場合には威力業務妨害罪が成立する」と判断しました。
本判決では、虚偽の通報による妨害行為に対して警察が強制力を行使できないという点が重視され、偽計業務妨害罪の成立が認定されました。これは、妨害が「暴行や脅迫」によるものでないため、公務執行妨害罪では対処できないことが理由です。
このように、手段と対処の可否が判断基準として位置付けられています。
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本件の裁判例を通じて明らかになったのは、虚偽の投稿や通報が、状況によっては公務に対する偽計業務妨害罪を構成しうるということです。ただし、判断は事案ごとの事実関係に左右されるため、個別のケースでは法的専門家への相談が不可欠です。