
よい ゴール0120-410-506
今回は、窃盗罪の保護法益と呼ばれている論点について、どのような対立であるのか、判例を用いてご紹介させていただきます。
今回紹介する判例は、最判平成元年7月7日刑集43巻7号607頁です。
まず、この判例がどのような事案であったかについて紹介させていただきます。
被告人は、自動車金融を営んでいるXです。Xは、融資金の返済が滞ったときには自動車を転売して多額の利益をあげていました。融資を希望しているAは、Xとの間で、融資契約を締結しました。その契約には、自動車をXに担保として売渡し、期限までにAが借金を返済して買戻権を行使しなければ、XがAの利用している自動車を引き上げて自動車を処分できるという買戻約款が付いていました。
Aは、期限までに返済をすることができずに、買戻権を失ってしまいました。その直後にXがAのもとから自動車を引き揚げたところ、Xは、窃盗罪で起訴されました。
本件の融資契約によると、自動車を担保として売り渡していることから、Aの自動車の所有権は、Xに移転していることになるはずです。そうすると、自動車は、X自身の財物に当たることから、刑法242条の要件を充たさなければ、窃盗罪は成立しないことになります。
そして、刑法242条によると、自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなすとしています。
そうすると、他人が「占有」しているという場合の占有は、すべての占有を意味するのか、それとも何かしら民法上の占有権原が認められる場合の占有を意味しているのかを検討する必要があります。
仮に、民法上の占有権原が認められる場合を意味するのであれば、そのような占有権原が認められなければ、Xの行為に窃盗罪は成立しないはずです。
本権説は、窃盗罪の保護法益は、所有権その他の本権であると考える立場のことです。この立場によるならば、所有権や、賃借権のような本権を伴わない占有は保護に値しません。そこで、刑法242条における「占有」の意味は、所有権その他の本権にもとづく占有であると考えます。
この立場は、刑法235条は他人の財物を客体にしているから、窃盗罪は原則として所有権の権能を保護するものであり、刑法242条は、窃盗罪の保護法益を例外的に質権や賃借権のような私法上の占有権原にまで拡張したものだと考えています。刑法は民法に従属すべきだという考え方に親和的な立場だといえるでしょう。
この立場によるならば、本件については、被害者であるAに自動車を占有する民法上の権原が認められない限り、窃盗罪は成立しないことになります。
占有説は、窃盗罪の保護法益は、すべての占有を保護するために設けられたものだと考える立場です。この立場によるならば、刑法242条は、本権説と異なり、本権にもとづかない事実上の占有についても保護されていることになります。
この説の根拠は、占有という事実状態それ自体を保護の対象とすべきであることや、自力救済を禁止して社会秩序を維持する必要があることを理由としています。
この立場によるならば、本件については、被害者Aが占有している物を勝手に引き揚げたXの行為は、刑法242条が適用される結果、窃盗罪が成立することになります。
判例は、本件の事実関係を踏まえ、以下のように判断しました。
「被告人が自動車を引き揚げた時点においては、自動車は借主の事実上の支配内にあつたことが明らかであるから、かりに被告人にその所有権があつたとしても、被告人の引揚行為は、刑法二四二条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成するというべきであり、かつ、その行為は、社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なものというほかはない。したがつて、これと同旨の原判決の判断は正当である」。
「自動車は借主の事実上の支配内にあつたことが明らかである」という文言から、判例は占有説に立っているように考えることができます。
これは、最高裁が占有説的な態度を示すようになってきているという判例の流れとも整合するものといえます。
たとえば、窃盗犯人から盗品を喝取した第三者に対して恐喝罪が成立するか否かが争われた事件において、最高裁は、正当な権利を有しない者の所持であっても、そのような所持は法律上の保護を受けるとして恐喝罪が成立するとしました(最判昭和24年2月8日刑集3巻2号83頁)。
このような判例の立場と整合するものといえます。
ただし、本件においては、本件契約が出資法違反にあたり公序良俗に反して無効であると考えられることや、自動車の代金と未返済額との差額についての清算金を基礎とする留置権の成立が考えられることから、Aに自動車を占有する本権があったと評価することもできます。したがって、最高裁が占有説に立つことを明示した判例と評価することはできないでしょう。
以上のように、窃盗罪の保護法益が何かという問題については、刑法242条の場面で顕在化します。
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